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最新の医療

心不全に対する最新の治療

  • 2021.06.1 |
我々は熊本県における重症心不全に対応すべく以下のような取り組みを行っています。

重症心不全患者に対する心臓移植および左室補助人工心臓(Left ventricular assist device:LVAD)を用いた治療

心不全とは「心臓が悪いために、息切れやむくみがおこり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気」です。心不全の予後は内服薬や不整脈を治療するデバイスの進歩によって改善してきていますが、残念ながら心不全が進行してしまい重症心不全(Stage D)に至り通常の心不全の治療を行っても十分な治療効果が得られず、心不全の症状が緩和されない状態となる症例もあります(図1)。

そのような場合には再度心不全の治療の見直しや病態の評価、生活の中で留意するべき事項を確認するなどの心不全指導を行います。しかし中にはそれでも状況がよくならない場合には心臓移植を適応基準に基づいて検討します(図2)。しかしどなたでも心臓移植を受けられる者ではありません。心臓移植の申請においては適応を満たしているか、治療が十分か、家族の理解や協力が得られるかなどの評価が必要です。熊本大学循環器内科では九州で唯一の心臓移植実施施設である九州大学と連携し、熊本の患者様が心臓移植を検討する機会を逸することがないように関連病院と連携しながら重症心不全患者の診療を行っています。

心臓移植は申請者に比してドナーは不足しており、心臓移植までの待機期間が非常に長くなってきています。その間の長期的な循環サポートとして左室補助人工心臓(Left ventricular assist device:LVAD)を大多数の方が使用しています(図3)。

この機械はポンプ本体が体内に植え込まれケーブルを通して体外のコントローラーやバッテリーとつながっており、在宅復帰や就業も可能です。しかしながら感染症や機器のトラブル、脳血管障害などの合併症も懸念されます。われわれは2017年11月より「植え込み型補助人工心臓管理施設」としての認定をうけ、熊本のLVAD植え込み患者様が安心して治療ができるように取り組んでいます(図4)。LVADは現在は「心臓移植への橋渡し」として使用されていますが、今後心臓移植を前提としないLVAD治療(Destination therapy)について議論されており、重症心不全に対するLVAD治療が広がっていくことも予想されます。

経皮的な機械的補助循環 ”IMPELLA”

急性心筋梗塞や劇症型心筋炎などによる急激な心機能障害もしくは慢性の経過で心機能が低下した結果、昇圧剤などの治療を行っても適正な循環が維持できず血圧低下から各臓器への血液循環が不足する状態になることがあります。このような状態を“心原性ショック”と称し、その予後は不良です。

熊本大学循環器内科では心原性ショックに対応するためにIMPELLAというポンプカテーテルを用いた補助循環を行うことで心原性ショック症例に対し治療を行っています(図5)。このデバイスは経皮または経血管的に大腿動脈から左心室内に挿入されたカテーテル先端部の吸入部から直接脱血し、カニュラを通じて上行大動脈に順行性に送血するカテーテル式の血液ポンプです。これにより心拍出量を増加させ、左心室の負荷を減らすことが可能です。

従来使用されていた大動脈バルーンパンピング(IABP)と経皮的人工心肺補助装置(V-A ECMO/PCPS)の併用と比較して、肺の補助はできないものの、順行性(経皮的人工心肺補助装置の場合にはポンプからの送血が大腿動脈から心臓へ逆行性の流量補助を行うため左心室の負荷を増やしてしまう)の補助ができることは心保護において有利になります。

我々は心原性ショック症例の成績向上のため、機械的補助循環のメリットを最大限に生かすべく日々治療を行っています。

トランスサイレチン型心アミロイドーシスに対するタファミジスの導入

アミロイドーシスはアミロイド蛋白という変異したタンパク質が臓器に沈着し障害を起こす総称です。熊本大学病院は脳神経内科を中心とした「アミロイドーシス診療センター」を有しており、世界に先駆けてアミロイドーシスの研究を行っている施設です。

心アミロイドーシスは心臓に変異したアミロイド蛋白が沈着することで心臓肥大や心不全、不整脈を来たす心臓病です。30種類以上のアミロイド蛋白が確認されていますが、主に心アミロイドーシスを来たす疾患はALアミロイドーシス、野生型トランスサイレチンアミロイドーシスおよび遺伝性トランスサイレチンアミロイドーシスの3つになります。ALアミロイドーシスは多発性骨髄腫など免疫グロブリンの異常に合併する病気で主に化学療法によって治療する病気であり、血液内科と連携しながら治療を行います。一方トランスサイレチンアミロイドーシスは遺伝性のタイプと加齢に伴って発症する野生型の2つに分けられ、自覚症状や発症年齢、治療内容が異なります。特に野生型トランスサイレチンアミロイドーシスは高齢者に多く見られる病気であり、高齢者心不全の原因の一つと考えられており注目されている疾患です。

トランスサイレチンという蛋白は肝臓で産生され、4つの蛋白がくっついて安定した状態で存在しているのですが、安定感が悪くなりばらばらになってしまうと一つ一つの蛋白が絡み合ってナイロン状のアミロイド繊維というものが出来てしまいます。これが心臓に沈着していくことでトランスサイレチン型心アミロイドーシスが進行していきます。

今まではトランスサイレチン型心アミロイドーシスに対する治療薬剤はなく、主に利尿剤による治療を行っていました。しかし2019年3月から熊本大学循環器内科が参加した国際共同治験の結果を基に「タファミジス(商品名:ビンダケル)」がトランスサイレチン型心アミロイドーシスに対して承認されました。タファミジスはこの4つの蛋白がくっついた状態で存在しているトランスサイレチンを安定化させて、ばらばらにならないようにする薬剤です。結果的にアミロイド繊維が出来るのを抑制します(図7)。

熊本大学循環器内科は熊本では唯一日本循環器学会が認定するビンダケル導入施設です(http://www.j-circ.or.jp/topics/files/shisetsu_dr_list.pdf)。また全国的にも症例数が豊富であることから県外からのコンサルテーションにも対応しています。今後も新たな薬剤が開発されており、最新の情報を元に心アミロイドーシス治療を行っています。

心不全とは

「心不全」とは、心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気です。

心不全の定義

一般向けの定義

(わかりやすく表現したもの)

心不全とは、心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気。

心不全の原因は、以下の様に多岐にわたります。

① 高血圧

② 心臓の筋肉自体の病気 (心筋症)

③ 心臓を養っている血管の病気 (心筋梗塞) (十分に心臓を養えていないために起こる)

④ 心臓の弁が狭くなったり、 きっちり閉まらなくなったりする病気(弁膜症)

⑤ 脈が乱れる病気 (不整脈)

これらの原因のために、心臓の血液を送り出す機能が悪くなって心不全が発症します。また、それぞれの原因・病気には、それぞれ適した治療法がありますが、心不全の経過は多くの場合、慢性・進行性とされており、”癌”とは異なる経過を辿るとされています(図)。また、心不全は、”癌”と同等あるいはそれ以上に重篤な病気とも言われています。

 

図:

今後、わが国では超高齢化社会の到来で心不全患者数の爆発的増加が予想されていますので、心不全の対策および治療をすすめていくことが、喫緊の課題となっています。

 

心不全の緩和ケアとは

緩和ケアは、元々癌に対する終末期医療として発展してきましたが、最近は心不全などの生命を脅かす全ての疾患に対して考慮すべきものとされています。

心不全への緩和ケアというと、「治療を諦めた人が受けるもの」という印象を持つかもしれませんが、違います。

患者さんと御家族のQOLを改善させるためのものであり、心不全の治療と並行して行われるものです。

近年、わが国の心不全患者は高齢化して、併存疾患も多くなっています。更に呼吸苦や胸痛などの身体的苦痛だけでなく、不安や恐怖などの精神的苦痛、経済的や家族的な問題などの社会的苦痛などを含めた全人的苦痛を抱えています。そのため、心不全の早期の段階から,患者さんと御家族のQOL改善のためにも多職種チーム によるサポート、つまり”緩和ケア”が重要であると言われています。

 

看護師、薬剤師、リハビリ療法士、栄養士、心理士、医療ソーシャルワーカーなどメディカルスタッフと医師から構成されるチーム。

アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning; ACP)とは

誰でも、命にかかわるような大きな病気になる可能性があります。心不全も同じです。心不全が悪くなって自分の意思決定能力が低下する前に、自分や家族が望む治療と生き方を医療者が共有して、事前に対話しながら計画する事をアドバンス・ケア・プランニング(ACP)と言います。アドバンス・ケア・プランニング(ACP)は、緩和ケアの1つです。

熊本大学 循環器内科でも、アドバンス・ケア・プランニングが有用であると思われる患者さんには、メディカルスタッフと連携して、提案していきたいと思います。

心不全の薬物治療

心不全とは前述のように「心臓が悪いために、息切れやむくみがおこり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気」です。前述の心不全の原因によっても異なりますが、心不全治療の基本は薬物治療(薬による治療)になります。

心不全の薬物治療の目的は大きく分けて二つあり、息切れなどの症状を改善し生活の質をよくすることと、心不全が悪くなって入院することを防ぎ長生きできるようにすること、それぞれに適した薬を使う必要があります。

息切れなどの症状の改善に最も適した薬は利尿薬です。心不全になるとレニン・アンジオテンシン、アルドステロンなどの悪玉ホルモンが多く分泌されて体に水分とナトリウムが溜まる結果、息切れやむくみといった症状が現れます。利尿薬は体に溜まった水分やナトリウムを尿に出すことによって、うっ血を改善し心不全症状を軽くします。

予後の改善目的に用いられる薬剤としては、①アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、ACE阻害薬が副作用などで使えない場合はアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)、②交感神経の緊張を抑えるβ遮断薬、③アルドステロン拮抗薬(MRA)が従来より使用されている代表的なものです。これらの薬剤は、大規模臨床試験によって心不全の患者さんの予後を改善することが知られており、心不全症状がなくても心臓の機能が低下していることが分かった早期の段階から始めたほうがよいと考えられます。しかし、これらの薬剤により心不全患者の予後は大幅に改善したのは事実ですが、“難病”である心不全患者の予後はその他の疾患に比べても決して良好とはいえないものでした(残余リスク)。

ただここ数年、これらの残余リスクを低減させる新たな心不全の治療薬が複数上市され、久しぶりに心不全の薬物療法が大きな注目を浴びています。これら新規の心不全治療薬としては、①アンジオテンシン受容体 / ネプリライシン阻害薬(ARNI)、②心機能を抑制せず徐拍効果のあるイバブラジン、③本来は新しい糖尿病治療薬として使用されていたSGLT2阻害薬が挙げられます。これらの新規心不全治療薬に共通することは、前述の従来より使用されていた複数の心不全治療薬でも改善しない心不全患者に対して追加投与することで、さらに上乗せ効果があることを大規模臨床試験で示されたことです。これらを受けて我が国のガイドラインもこれら新規心不全治療薬を新たに加えたガイドラインのアップデートを行っており(下図)、今後はこれら新たな治療薬も積極的に使用することで心不全患者のさらなる予後改善が期待されています。

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